うったて
オセラの古い号を読んでたら、書道で「うったて」という用語が使われるのは岡山県もしくは香川県である、と書いたコラムがあった。高松におった幼稚園〜小1のころ書道教室に行ってたけど、確かにそう習った。他県では言わんらしい。知らんかった。
小2から高校卒業まで過ごした高知では、学校の授業でしか書道をやらんかったけど、そんとき先生が「うったて」のことを何と称してたか、全く記憶にないな。
なんのことかわからん人は、Google をどうぞ 。
オセラの古い号を読んでたら、書道で「うったて」という用語が使われるのは岡山県もしくは香川県である、と書いたコラムがあった。高松におった幼稚園〜小1のころ書道教室に行ってたけど、確かにそう習った。他県では言わんらしい。知らんかった。
小2から高校卒業まで過ごした高知では、学校の授業でしか書道をやらんかったけど、そんとき先生が「うったて」のことを何と称してたか、全く記憶にないな。
なんのことかわからん人は、Google をどうぞ 。
問屋町の ENCHANTE で “チョリソソーセージのオムカリー” を食べた。なかなかに辛かった。帰りがけ、ずっと「アンシャンテ、アンシャンテ、習った覚えがある。何やったっけ……」頑張ったけど、思い出せれんかった。
帰宅して仏和辞書を見て、やっと落ち着いた。ほんまは最後の E にアクサンテギュが要るんやな。テって読むんやし。と思ったけど、ウィキペディアを見るに、
フランス語ではこれらアクセントは印刷の都合によって省略してもよいことになっており、特に大文字では省略される割合が多い。とある。なるほど。あ、enchanté は、英語でいえば satisfied にあたるんかな。
オールアバウトより、「英語の『アイマ』を知っていますか?」というコラム。
ima というスラングを初めて知ったけど、McD という略し方も初めて見た。
フランス人は関西人と同じく「マクド」と呼ぶらしいけど、イギリス人も!?
それとも、McD と略記してるだけで、読むときは McDonald's と発音するんやろか。
ついこないだ、Google の地図は仕様がどんどん変更されてて面白いって書いたとこやが、こんどはストリートビューが日本でも閲覧可能になってた。大都市だけやけど。
Google の地図を Mac の Safari で拡大縮小表示させたとき、前は画面がトランジションなしでカチカチ切り替わってたのに、Firefox で見たときのようにスムーズになってたから、どっか改良されたんかなーと思ってたら、なるほど。
ということで、おととい ZEPP OSAKA を撮った橋の上から、 同じアングルで。おもろいなーこれ。後ろに見える仏塔の九輪みたいなのは、ドコモ大阪南港ビルの通信タワー。ZEPP は手前の低いやつです。
しかしプライバシーはどうなんの、という問題も浮上してるみたい。そらそうやろな。岡山まで波及するのは、いつなんやろう。意外に早い気もする。
最後の方にある「逆に言えば」が引っかかった。
いろんなところでいろんな人が何年も前から言い続けてる件やし、
今さらあれこれ言うほどでもないことかもしれんが。
あそばれません = あそんではいけません
この方言て、愛媛でも使うんやな。高知のもんかと思いよった。
四国方言なんかな。岡山では聞いたことがない。
岡山で「〜せられん(〜してはいけない)」と言うたら
きっと「〜せられー(〜しなさい)」と正反対に受け取られるはず。
ま、アクセント違うけど。
撮影地は松山の久米か。懐かしい。
大学1年の夏、サークルの友人に連れられ松山でインターハイを観た。
沢松奈生子が出てた。当時まだ高校2年やったんやな、沢松。
烏城と
烏賊って
一瞬似てる。
朝は地域の大掃除というか草むしりがあった。汗まみれで帰って来てシャワー浴びたら強烈な睡魔に襲われ、気付いたら夕刻近かった。携帯電話に、岡山県の防災情報メールが15件ぐらい入ってた。正午ごろ大雨が降ってたらしい。全く気付かず眠ってた。
こないだカフェZのマスターから嫁がカボチャをいただいてきた。ありがとうございます。今日はZを覗こうと思ってたけど、力つきた……。

カボチャのことを、祖母は「ぼーぶら」と言う。調べるに、高知方言じゃなくて、九州やら徳島やら広島やら西日本に多く残ってるらしい。ぼぶら・ぼふら・ぼーふら等々バリエーションが多いけど、語源はポルトガル語。
岡山では南瓜としか聞いたことないけど、ぼーぶら的な呼び方をする地域があるんかもしれん。今朝の草むしりで年寄りが「おーがっそーじゃのう」と言うてるのを聞いた。ネタとしては知ってたけど、岡山に住んで20年目で初めて耳にした。未体験なことは、まだまだ多い。
広告を制作してるとき、宣伝文の中に登場する
助詞の「を」と「が」の使われ方に拘ることがある。
・私は英語を話す。
・私は英語が話す。
・私は英語を話せる。
・私は英語が話せる。
・私は英語を話したい。
・私は英語が話したい。
最初の例以外は、「が」でもおかしくないんよな。
自分自身、口語では普通に使うし。
でも、つい「を」を使うことが多い。書き換えることさえある。
果物。
くだものの「くだ」って何よ!? と思って調べたら、
あっという間に解決した。木の物か。
ケダモノも同じような構造で、毛の物。へえ。
安易やなー、おもろ。
・あったかい
・しょっぱい
・落っこちる
これぜんぶ東の方言やと思い込んでる俺。
・ぬくい
・からい
・落ちる
としか言わんもんな、普段。
まあ、あったかいはギリギリ使うことがあるかもしれん。
しょっぱいと聞くと、いまだに「酸っぱい?」と勘違いしそうになる。
落っこちるに至っては、江戸の落語の言葉という印象がある。
そういや、「ずっこける」なんてのもあるな。これも使わん。
東の人って、「っ」が好きなんやろか。
あ、いや、勝手にそう感じてるだけで、東の言葉かどうか知らんのやけど。
こないだ、姫路の日本玩具博物館へ行ってきた。
往路、山陽道から播但道へ乗った直後に姫路市内と県北方面に分岐するんやけど、「右ね!」と声出し確認したあと、切ったハンドルは左、姫路市内行きやった。左右の区別が瞬時にできんのは本当につらい。情けない。
ちょっと南下して花田の料金所を降り、すぐ乗り直した。船津ランプを降りる。5年ぶりぐらいかな。ひっそりとしたところにあるのに、団体客も含め、中はけっこう賑わってた。

写真はすべて NATURA BLACK + Venus 800(ISO 1600)にて。
遮断機の、あの棒のことを遮断機っていうんかと思ってたら、あれは遮断桿と呼ぶらしい。鉄道マニアなら当たり前に知ってることなんかもしれん。そういや、遮断器と書くと電気のブレーカのほうやな。
遮の字で思い出すのは遮蔽、シールド。中学の頃、アマチュア無線の無線工学を習ってるときに初めて聞いた言葉やった。電磁ノイズを遮断することやったっけな。
楽器とアンプをつなぐシールドも、シールドケーブルを略した用語よね。本来は「遮蔽された」ケーブルやから shielded cable やけど、日本では -ed の音が略される。女性服の UNTITLED もアンタイトル。発音しにくいからやろな。ついでに、iTunes も「あいちゅーん」と発音されてるみたいやし。
略すといえば、アンプも派手に短いな。英語圏の人は常に amplifier って言うてんのかしらん……と思って調べたら、さすがに略すんか。米俗のエレキギターに驚いた。アンプ=ギターか。連想ゲームやな。
まあ、言葉なんてそんなもんか。目くじら立ててもしゃあないか。携帯は電話、ミシンは縫製マシン。通じりゃええんよな。よな……たぶん。
アクト・ツー、画像処理ソフト「ピクチャエスク2」をアップデート
毎度々々重箱の隅つつき、些末なことなんやけど、
商品名、素直に「ピクチャレスク」でええんじゃないかい。
辞書にも普通に載ってる言葉みたいやし。
違和感で人の頭に忍び入るという広告手法なんかしらん。
こないだ「おいしい日本語 / 金川欣二(Amazon・楽天ブックス)」という本を読んで以後、日本語の、というか言葉の曖昧さやいい加減さ、文中の言葉で言えば恣意性を刷り込まれ、なんかもー言葉尻をとらえては目くじら立てるのがアホらしゅうなってきた。これに反証するほどの学習基盤を持ち合わせてないし。流される、染まる一方じゃ。
言葉があるから誤解が生まれる、言葉によって思考が縛られる。上記の書物も言葉によって書かれてるから、筆者の主張する全てを俺が理解できてるとは限らん。むしろどっかで誤解してる確率の方が高かろう。そしてこのブログの文章を読んでる人も、同じく。
通じりゃいいんよね〜という大まかな態度もアリやし、できる限り誤解される率を低くしたいと願い言葉を選びに選ぶという態度もアリじゃ。前者の場合おおらかな筆者の気質が文章に表れてるんだろし、後者も同じく精緻な性格が伝わるだろから、読んでる側もそれに備えてバイアスを加えることができよう。……たぶん。
言葉って、ほんま刃物とおんなじなんやのう。作品を仕上げたり、誰かを傷つけたり、使い方次第じゃ。
ひとつ前のエントリーで、言葉に細かいことを言うのはもうええで〜と書いたばかりやが、あからさまに違うよなあというのは、さすがに気になりますわ。
Mac OS X のオンラインソフトを紹介するこの記事に、アクティビティディモニタという言葉が登場する。1回ならうっかりかなって気もするけど、4回もそう書いてるから、筆者が覚え間違いをしてるんじゃないかと。
あまりに堂々と何度も書かれてるもんやから、こっちが間違ってたっけと調べ直してしもた。やっぱり「アクティビティモニタ.app」じゃ。
朝から雨なので、下水道工事も延期。正直言って耳障りな轟音もなく、静かじゃ。
耳ざわりという言葉が「耳ざわりの良い音楽」など、いい意味でも使われるようになって久しい。誤用じゃなくて、もう市民権を得てしもてるような気がする。
耳障りじゃなくて耳触り、手触りと同じように、耳への感触なのよ、と言いたいのはよくわかる。ついでに「目ざわり」も誤用が広まったらおもろいやろな。「君、目ざわりいいな〜」なんて言われた美人が困惑したり。
言葉ほど、多数決の民主主義な世界もないなー。いくら誤用誤用! と叫んだところで、少数意見は飲み込まれて消えてく。言語って、社会科学じゃなくて自然科学なんかな。
コメディ・ドラマ「アーノルド坊やは人気者」のOP曲をホラー調に
くすくす笑いが止まらん。
たしかに、なかよし兄弟に悲劇がふりかかりそうなオープニング。
音楽の力って、ほんま、計り知れんなあ。
最近の流行り言葉ふうに書けば、音力(おとぢから)か?
敗戦の昭和20年当時に、たとえば
30歳やった人と20歳やった人と10歳やった人では、
戦争というものへの捉え方が違ってて当たり前なんよな。
男女でも違うだろし。
1つの現象が起きてても、見る人の数だけ真実がある。
これが真実だ! って謳い文句ほど胡散臭いもんはないわ。
正義という言葉も同じく。
enhanced
自分の記憶では「エンハンスト」なんやが、
Google で検索したら、圧倒的に「エンハンスド」が多い。
わりと有名な方言やと思うけど(勝手にそう思ってるだけかも)、
普段は「こぼれる」じゃなくて「まける」を使うので、
こぼれるって表現を見ると、標準語やなー、よそ行きの言葉やなー、と感じてしまう。
撒ける……他動詞「撒く」に対する自動詞やったっけな。
幻想のげん、現実のげん、ギターの弦
おー、美しい! という感動の顔が、値段を見て薄笑いに変化。
あー、お金ほしい。直球表現。
浅学にしてとか寡聞にしてという言葉にイヤミなものを感じるのは、
その言葉が既にちょっと小難しくて、物知りの人の言葉やからだろな。
オレ色々知ってるけどそれだけは知らんかったわ〜、みたいな気持ちが見える。
国外、外国、国外、外国、と連呼してると、
どっちかがギョーカイ用語な気がしてきて、笑えてきた。
こういうのってゲシュタルト崩壊……とは言わんのよな。
manifesto やから、ニュと表記される必要はないんやけども、
manual みたいな知名度の高い単語に引きずられて間違ってしまうんかな。
まあ、そもそも「公約」でええやんかと思うが。
マニフェスト、いつどこの政党が言い出したんやったっけな。忘れてもた。
市長でも知事でも議員でも政党でも、
公約は todo リストみたいな表にして、公式サイトで
どんだけ実行できたか一覧できるようにしといてほしい。
達成率を、次の選挙の指標にしたいわ。
純化と鈍化。
生き馬の目を抜く現代社会、純すれば鈍す、かいな。
caution
auction
高級腕時計
豪華プレゼント
一流メーカー製
美人OL
去年やったか、中川家のコントで、
弟に「三叉路って言うのはおっさんやで」という内容の台詞があった。
若者はなんていうんやろう? いまだに不思議でしゃあない。
言葉はコストを重視する、という説を聞いたことがある。
できるだけ言いやすい、短縮されたものに流されてくもんらしい。
で、「まぎゃく」ってそんなに発音しやすいとも思えんのに、
なんでこんなに浸透したんやろう?
正反対、と言うほうがはるかに楽じゃないかえ。長いんかな。
小説なんかでは、真逆は「まさか」の当て字でしか見たことがない。
なんでもかんでも「言葉は生き物ですから」と容認できるほど、
おらーまだ器が大きくない。言語学者でもないし。
と言うても、他人の使用を咎めるほどの若さもなくなった。
まあ、自分はそういう使い方をしないと意地を張ってる、ぐらいな感じ。
生と死、というふうに対義語をならべて書いた場合、生という字は「生きること」じゃなくて「生まれること」を意味してるはずよね。
というのも、死は(たぶん)一瞬のできごとやから、とすると、その対語も、瞬間のできごとの「生まれる」じゃないかな〜と。継続的な「生きること」では合わんかな〜と。
就活とか婚活なんていう略語が浸透しすぎたら、そのうち、
死活問題って単語が変に勘違いされるようになったりして。
小鳥遊でタカナシなら、
順光でカゲナシって読む名字があったりせんかな。
二十数年前、中学生の頃、英語で
エルとアールの発音を覚えようと一生懸命やったけど、
当時の高知といえば日本でも数少ない
四つ仮名(よつがな)の読み分けが残存する地域で、
たぶん今はもうほとんど絶滅してしもてて、
と考えると、先生たちは、英語より故郷の発音を残すべく
頑張って教えたほうがよかったんじゃないかと、
おっさんになった今、無責任に思い返してみたりする。
数年前、NHK サイトで見つけた映像の中で、
高知の年老いたおばちゃんらは水を「ミドゥ」と発音してた。
ドゥの前には「ン」が入るような、鼻濁音か、そんな感じの音やった。
そもそも、おらーもう鼻濁音すら意識してないもんなあ、普段。
うーん、なぜいま加藤和彦が……。
大ファンてわけじゃないけど、やっぱり衝撃的やなあ。
今年は大物がどんどん去って行く気がするんやが、気のせいかしらん。
こんなときに無粋やが、
享年てのは、本来は数え年を書いて「歳」は添えんもの、らしい。
今ではどっちも一般的、らしいけど。ウィキペディアによれば。
方言に興味のない人は、まったく面白くないエントリーやと思う。
生まれ育った高知県には、大きく分けて2つの方言がある。1つはよく知られた土佐弁で、京阪式アクセント、いわゆる関西弁ぽい感じで話される。
もう1つは県西部「幡多地方」で使われる幡多弁で、語彙こそ土佐弁と似通ってるけど、東京式アクセントなので、たとえば「今から帰る」の発音が、それぞれの方言で全く違う。
幡多地方生まれで幡多弁を喋る両親を持ち、小2のころ核家族で高知市へ引っ越して育った俺は、家では幡多弁、学校など家の外では土佐弁でと、無意識に使い分けてた。
家と学校、もともとは環境で方言を切り替えてたけど、そのうち心理的な内と外というスイッチで切り替わるようになってった。平成元年に岡山で一人暮らしを始めると、岡山弁が幡多弁と同じ東京式アクセントであることを知った。
いくら幡多弁と似てても、身内じゃない人たちと岡山弁を話す気持ちにはならず、土佐弁を貫く意志もなく、周りに関西圏出身者が多かったせいもあって、土佐弁の語尾だけ関西言葉に替えたような、変な言葉になった。高知東生の喋り言葉に近いと思う。江本孟紀はそうでもないかな。
いつからか知らんが「気づき」なんて言葉を見る機会が増えた。
さすがに「知り」なんて単語は流行らんだろな。
あるメールマガジンのサブジェクトに
「メモステ ProDuo 8GB&リモワが激安」
とあって、一瞬、リモワってなんの略? と考えてしもた。
大学生の頃ぐらいまでは典型的な英語・欧米カブレで、
バンドでも英語の詞を書いたりしてたし、
子供が産まれたら英語を喋らせたいとか思ってたけど、今はまったく。
基礎となる母語、日本語でしっかり読み書き思考できんような脳味噌で、
外国語へ応用できるわけがない。まずはとにかく日本語じゃ。
それに、漱石じゃないけど、
日本人にゃ今でも「月がきれいですね」のほうが似合ってる気がするわ。
英語礼賛もほどほどにしとかななー。
絶対的な正義なんてもんはない。常に相対的である。
とするなら、なんでまた「正義」という単語が生まれたんかしらん。
ああ、自分を正当化するため、どうしても必要やったんかな。
速報……なんかな? ボンネット部分が白トビしてて、顔がよくわからん。ゲージツ表現としての白トビはいいんだろうけど、報道資料としてはマズかろうに。
ズロース、語源というか元の英単語は drawers らしい。
たしかにそう聞こえるかも。こないだ知って驚いた。
ジョン万のエンケレセとか、昔の人の英語表記のほうが正確な気がするのう。
やればできる、という言葉って無責任よなあ。
やればできる場合もある、ぐらいにしとかんと。
たとえば商売。
誰かのとこに千円入れば、誰かのとこから千円出てってるわけで、
つまり、あらゆる人が商売に成功する、やればできる、なんてありえん。
大勢の「銭失い人」の上に、少数の「集金人」が乗っかってるだけ。
いや、別に搾取とかマル経みたいな単語を持ち出すつもりはない。
当たり前の展開を書いてるだけ。
選抜試験も同じ。全員合格してしもたら選抜試験じゃない。
資格試験にしたって、勉強したら必ず合格点取れるわけでもない。
そのときどきで色んな要因が絡む。落ちることもある。
無責任と罵られたくないなら、
結果が出たあとで「やってみたらできた」と言うとくのがベストやなあ。
街で「処方せん」薬局を見かけるたび、「処方してくれ」と腹の中でつぶやく。
いや、まあ、処方するのは医者じゃ、とか細かいことは置いといて。
憧れという文字は「りっしんべん+わらべ」なんやな。
もし「りっしんべん+おっさん」という漢字があったら、
読みは「あきらめ」か「ておくれ」か。


Language Fail @ YouTube
んー、我が事のようで、心からは笑えん。
ネイティブの人はおもろいんかもしれんが。
夕方ざわついたスーパーのレジで「@#$&%要りますか?」と問われ、全く聞き取れんかったので「はい?」と2回。3回目、ようやく「スプーンは要りますか?」とわかった。
少々騒がしくても文脈から予測できるもんやが、この人はスプーンの「ス」を強く言うもんやから全く気付かんかった。岡山には、そう発音する人が時々おる。普通は原語どおり「プ」にアクセントが来るはず。
筆記具の「シャーペン」に至っては8割以上の岡山県民が「シャ」にアクセントを置くんじゃなかろか。初めて聞いたときは度肝を抜かれた。ケンミンSHOWで取り上げてくれんかいな。
二十年以上岡山に住んでるけど、知らんことはまだまだたくさんある。面白い。
生粋の岡山人である友人は、龍馬伝を見てても方言のことは全く気にならんと言うた。そりゃまあネイティブの人じゃなけりゃ気にならんのが普通やと思う。
いま出てる西郷らの薩摩言葉も無茶苦茶なんやろけど、俺にゃーどこがどうというのはさっぱりわからん。ただ、鹿児島の人たちがハラハライライラしながら見てることは察することができる。
東北や関西、四国(特に高知)、九州(中でも特殊な鹿児島)そして沖縄、このあたりは方言の色が濃いからかな、テレビで使われることが多いように感じる。で、まともに使われることは少ない。
郷里の方言を蹂躙される機会が多いからこそ、つい敏感になってしまうんだろな。そうでない地域の人らは、そこに気付きにくい。「蹂躙? 大げさな……」とすら感じるかも。しゃあないこっちゃが。
小学校のとき鬼ごっこやかくれんぼなど遊んでいて、いじめてるわけじゃく、年下の子やハンデのある子には特別なルールを作って一緒に仲良く遊んだ経験ってありますよね。 その子達のことを俗に何て言ってましたか?上司は『うめぼし』って言うんです。みなさん言いますか?それとも他に何か違う言い方ありますか? ちょっと社内でもめてます(笑)(ながいさん)
高知ではおみそって言いよったっけな。忘れた。いろんな単語が並んでるけど、要するに「添え物」っていう意味が根底にあるような気がする。
じゅうが悪い、久しぶりに見た。懐かしいなー。
土佐弁圏では使ってなかったと思う。検索したら、南予では使うらしい。
ということで、四国南西部で使われる語彙かな。
有名(?)な「のうが悪い」とも似てるけど、ちょっとニュアンス違うと思う。
のうが悪い、は幡多弁圏でも使うし。
久しぶりに見たと言えば、oppo さんの「しよい」も。
しよいしよい、しーよいちや、子供の頃は、よう言いよった。
こっちの日常では使わんなったなあ。使えんなった、と言うべきか。
通じにくい単語は、使用頻度が自然と減っていく。
これ、大阪人じゃない俺でも普通に使うけどなあ。
意味や使い方は同じ。
広島弁を喋る自販機があるらしい。
たぶん広島県内だけよな。
ダイドー、ようやるなー。
Sets an O or an NE.
ただの言葉遊び。
ペンタックス大爆発。暴発?
以下すべて楽天市場へのアフィリエイトリンク。
Optio RS1000
Optio RZ10
Optio NB1000
K-r、今すぐは買わん、というか買えれんけど、
来年ぐらいにゃー K-x から乗り換えそうな気がする。
しかし、K-m/K-x の可愛らしいイメージが薄まってしもたな〜。
この堅実そうな造形にポップな色はミスマッチな気がする。
犬にも「楽観主義者」や悲観的なタイプ=英研究 @ REUTER
ひとつ前のエントリーとは無関係やけども、偶然に見つけた記事。
たしかに、動物にも個性があるというのはよく耳にするわなあ。
生き物を飼うたことがないから、あくまで伝聞やけども。
楽観的な犬が毒物をうっかり食べて死ぬるのと、
悲観的な犬が何もかもを警戒しまくって神経衰弱で死ぬるのと、どっちが多いんだろか。
まあ、どっちもそんなにはおらんか。アホなことを考えてしもた。
本文の内容とは関係ないけど、
日本語の文法「〜たり、〜たり」が、すっかり無視されるようになってしもた。
トミーヒルフィガーと言おうとして、トミーフィルヒガーになる。
シンフォニーホールと言おうとして、シンホニーフォールになる。
folder と holder を間違えてる例をよく見かける。folding と holding も。
折りたたみ自転車をホールディングバイクとか。
まあ、fold すれば hold できるし、間違いでもないか。
嫁は「あぶりカルビ」が「あるびカブリ」になると言う。
こういう子音の逆転は、外国語にもあるらしい。
口から音を出す物理現象やから、どこの言語にあっても不思議はないな。
雨に濡れると、柄(え)が突き出る傘、に見えた。
なんちゅう面倒なもんを……と思ってしもた。
高杉晋作やないけども、面白がれるというのは、
生きていくうえで実に有用かつ重要な能力やなあ、とつくづく思う。
それ面白いやんか、と思えれば、どんなことでも楽しくなる。幸せになれる。
毎度、記事内容についてじゃなくて、文法について。
ただ、このパフォーマンスは当初予定に入っていなく、回りのスタッフを慌てさせる一幕もあったそうだ。どうしても、この「〜いなく」を看過できん。語感というか収まりが悪くて寒気がする。「〜いず」か「〜おらず」やろに。口語っぽく「入ってなく(て)」ならまだ許せるけど。
この「〜いなく」は、しかし、十年後ぐらいにゃすっかり認知されてしまってるような気がするなあ。頻繁に見る「〜しなさそう」も同じく。「意外」が「以外」に駆逐されるのは、さすがにもうちょっとかかるか。