高知東生の変な関西言葉を耳にするたび、ああ俺のがもあんな風に聞こえゆうがや、もうやめよう、ふつうに土佐弁を喋ろう、と思う。……のに、やっぱりなかなかよう喋らんがよにゃ。
岡山弁ではアホなことばかり言うバイリンガルの友達が「英語で喋ってる間は、冗談を言わん真面目な人格になっとるな」と言うてた。ジョークの語彙がないわけじゃなくて、気持ちが切り替わるらしい。言語と感情は直結したところがあるんだろな。わかるわ。
おらー英語は喋れんけど、ニセ関西言葉・京阪式アクセントの土佐弁・東京式アクセントの幡多弁を使い分けるとき、それぞれ感情の居場所が全然違う。心理的な壁が高くなればなるほど、よそいき=ニセ関西言葉が強くなる。幡多弁は家族間の言葉。
故郷の言葉にゃ、気持ちを緩ませるもんがあるにかーらん。
ま、当たり前か。
